合掌、吉永正人死す。
ワタクシが始めて競馬を自分の意思で見たのが、1984年のジャパンカップ。ミスターシービーが日本馬初の優勝を期待され1番人気で臨んだこのレース。しかし、カツラギエースのあっと驚く大逃走にあえなく10着に沈んだレースだ。あの日も吉永は淡々と騎乗していた。
吉永の最後の重賞騎乗は1986年の中山記念だった。勝ったのはクシロキング(鞍上は岡部幸雄)だったが、モンテジャパンに騎乗した吉永は逃げて見せ場を作り、3着に入った。あの日も吉永は淡々と騎乗していた。
誰がなんと言おうと、吉永正人こそがワタクシの最大のヒーローであり、憧れであり続けた。また昭和の個性派がいなくなってしまった。
寺山修司は、吉永の不遇な時代も応援し続け、「馬主各位。調教師各位。もっと吉永に乗るチャンスを与えてやってください」とまで書いた。その寺山はミスターシービーの日本ダービーを見ることなく逝った。そして、吉永はその寺山の許へ旅立ってしまった。今頃は寺山が見られなかったダービーについて語り合っているのかもしれない。
ああ、久しぶりに寺山の競馬のエッセイが読みたくなった。
くそ、涙が止まらない。
|
|
馬敗れて草原あり
著者:寺山 修司 |
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。



コメント
こちらでははじめましてです。
競馬ゲームで遊ぶ時、今でも勝負服は出来る限り千明牧場の緑と黄色のあのデザインに似せるよう作っています。
ミスターシービーが、そして吉永正人がいなければ、自分が追込馬を、そして競馬を好きになることもなかったでしょう。
寺山修司先生と同じ名を持つ者として、吉永正人に惹かれたのはきっと必然なのです。
心からご冥福をお祈りいたします。
投稿: おがわ | 2006年9月16日 (土) 04時14分
ご冥福を、お祈りします。合掌
投稿: なかちょ | 2006年9月13日 (水) 11時43分
馬敗れて草原ありはマイフェバリットです。
投稿: マグネシューム | 2006年9月12日 (火) 23時41分